みーしゃの月と星がたり

知識のない人でも楽しめる占星術エッセイめざします

自分が輝く獅子座と自分を捨て去る魚座【ガラスの仮面より】

今回は未だ完結していないけど、懐かしの少女漫画『ガラスの仮面』の主人公とライバルについて扱います。

 

 

魚座の憑依体質

北島マヤ2月20日(魚座)生まれ

姫川亜弓8月5日(獅子座)生まれ

 

まず北島マヤ魚座ですが、自我の壁が薄い星座なので憑依体質ともいえるでしょう。

オカルト分野でそれを言うと、死んだ人間の魂にのりうつられやすいということになるのでしょうが、演技の場合、実在しない架空の人物でも、その人格を創造しその人間になりかわる、素の人格が別人格に乗っ取られる状態になります。

 

北島マヤはそれがめちゃくちゃうまい、そこの部分が獅子座の姫川亜弓が絶対にかなわない、と、コンプレックスを持っている部分でもあります。

 

『二人の王女』の千秋楽後

作中で二人がダブルヒロインで共演した『二人の王女』という芝居があります。

マヤと亜弓、それぞれが持って生まれた見た目の印象とは真逆の役を演じることで、ステップアップしていった作品です。

 

この『ふたりの王女』の千秋楽の後、二人きりになった時に亜弓が言いました。

まったく別の人格をもった人間に身も心もなりきれるなんて…こんなことははじめてだったわ。

それに対してマヤがあっさり言いました。

あたしいつもそうだもの。舞台の上ではいつも別の人間になっちゃうものだと思ってたけど

亜弓は驚きを隠せませんでした。

いつもそうですって!?わたしがやっと得た役との一体感をあの子はいこともなげに…!甘かったわ北島マヤこわい子…!あなたの前でわたしはいつも敗北感を覚える。勝利によっているようなときでさえ…!

別人格に憑依されたかの如く演技ができた、それが亜弓にとっては初めての経験だったのに…。

 

獅子座の自我の強さ

亜弓の獅子座は魚座とは対照的に、十二星座一自我の強い星座です。

それもそのはず獅子座の守護星は太陽ですから。

 

映画監督の父と大女優の母との間に生まれた亜弓。

それゆえに今までの自分の名声に親の七光りが入りこむことを極端に嫌います。

 

考えてみれば、占星術の十天体のなかでも自ら輝いているのは太陽だけです。

他の天体は太陽の七光りで輝いているのですからね。

 

魚座のマヤと違って、亜弓は「自分」という意識を捨て去るのが難しいのです。

憑依される代わりに亜弓はどのような形で演技を磨いているのか?

それは「死ぬほど努力」することです。

亜弓は太陽の他に土星も強そうなキャラです。

 

どっちが優れているとかいう話ではないけど、敗北感という意味では亜弓の方が強そうです。それは獅子座から見て魚座が8室に当たることと関係があるかもしれません。

 

 

八番目の星座に対する苦手意識

オポジション(衝)と言われる180度対向の関係は、相性なら反発しながらひかれあう、それは同じテーマを違う形で追及する関係にあるからです。

その一つ先の八番目の星座は180度同士が追及している次元をすでに超えています。

 

例えば、獅子座と水瓶座なら個性の在り方を共通のテーマにしています。

そして獅子座なら「自分が輝くこと(主観的)」なのに対し、水瓶座は「みんな違ってみんないい(客観的)」な態度をとることになります。

獅子座が自分だけ盛り上がっているのに対して、水瓶座は「あんたの個性だけが特別なわけじゃない」と、客観的(俯瞰的)な態度をとるわけです。

そこからさらに進んで魚座になると、自分に対するこだわりも捨て去った境地になっていますから、獅子座がこだわっていたことが、何だったの?状態になってしまうのです。

 

ホロスコープで八番目に当たる8室というのは蠍座の管轄で、先祖や魂など、生身の人間にはわかりにくい概念を扱うハウスでもあります。自分にはつかみにくい何か上位のもの、そんな感覚を八番目に当たる星座には感じてしまうのでしょう。

 

亜弓は賢い人間ですが、己の満足感を得るために他者の評価を得なければならないという信念があります。

しかし当のマヤはそういった土俵で演劇をしていません。

そんなマヤに勝負を挑むなど、実はのれんに腕を押してるようなもの。

しかし亜弓はそれに気づいていません。マヤのような才能が欲しいと切望しつつも、勝ち負けにこだわっている限りはその壁を乗り越えることができなさそうです。

しかし事故で視力を失いそうになるなどの状況から、これまでにはない新しい境地をつかみそうだし、どうなるのでしょうね。

 

わたしとしてはマヤと亜弓、どちらの『紅天女』も素晴らしいものになりそうなのに、上演権がどちらか片方しか得られないというのが、二人にとっても、多くの観客にとってもよろしくないような、そこのところいい落としどころはないのかな?、と、思っているのですが、どうでしょう。

 

それではまた<(_ _)>。